役員コラム

2015.03.01

ちらしずし

㈱あさひ合同会計 取締役 今田 泉美

 長く感じられた冬も終わり、ずいぶんと陽射しが春めいてきた。この季節に思い出されるのは、母のちらしずし。黄色の錦糸卵の上に、鮮やかな山椒の芽が飾られた、あれだ。私が3月生まれというのと、ひなまつりを兼ねて、母は私の誕生日に、いつもちらしずしを作ってくれた。

 母から聞いた話によると、私はかなりの難産で産まれたらしい。母子ともに危険な状態だということで、西大寺の病院から、当時、丸の内にあった日赤病院へ運ばれた。帝王切開で、なんとか無事に産まれたものの、産まれた子の名前を考える余裕もないくらい、母の状態が良くなかったようだ。

 出産後2週間が近くなり、それでも名前を付けなければと、お見舞いに来ていた母の弟が名前を付けてくれたらしい。思案していた時、病室の真下に見える店の「いずみ」という看板が目にとまったらしく、上の子が「まゆみ」だし、語呂がよさそうだということで、私は「泉美」と名付けてもらった。

 就活で初めて会社訪問をした日のこと。緊張するだろうから早めに出かけ、訪問先から一番近い喫茶店でコーヒーを飲んで、気持ちに余裕を持ってのぞもうと、私は考えた。
 一番近くにあったその店は、コーヒーとクリームソーダぐらいしかなかった。なんか、えらく古そうな店だな、と思ったけれど、今日は会社訪問だし、おしゃれなカフェである必要もない。近いのが一番だから、と私はその店に入った。

 その日、すぐそばで建設工事をしている音が、けたたましく鳴り響いていた。建設中の大きな建物というのは、日本銀行岡山支店。元々は日赤病院があった場所だ。
 そして、コーヒーを飲みながら、私が見ている目の前の建物は、日赤の産婦人科病棟…。と、いうことは…?あわてて、この店の看板をもう一度見てみると、「いずみ」。私が名前をもらった喫茶店だった。そして、会社訪問した先は、今いるこの事務所。帰宅して、母に真っ先にこの話をすると、とても喜んだ。

 78歳になった母と近ごろ電話で話をすると、最後にいつも同じ会話になる。
 「事務所のみなさん、お元気?」元気よ。
 「顔色の悪い人はいないかどうか、それとなく、いつも気にかけていなさいよ。いろんな方々からご縁をいただいて、今があるんだから。そのぶん仕事でご恩返しをしなさいよ。」
 わかった、わかった。
 「それとね、オレオレ詐欺には気を付けなさいよ。」
 お母さんこそ、気を付けてよ。じゃあね。
 と、こんな調子だ。しっかりしてるんだか、なんだか。

 今月、私は50歳という節目の年を迎えた。今まで何も親孝行らしいことができていないから、姉も誘って、母を旅行に連れていってあげたいと思っている。
 あの、ちらしずしのお礼に。